東日本大震災の大津波から避難する途中、宮城県仙台市の七北田川河口・仙台港付近で撮影した津波避難の実録映像です。撮影時刻は2011年3月11日15時37分。沿岸部へ津波が迫るなか、「この記録が遺言になる」と覚悟しながらカメラを回していました。
2011年3月11日14時46分ごろ、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が発生しました。気象庁は14時49分に宮城県へ大津波警報を発表し、15時14分には予想される津波の高さを「10m以上」へ引き上げています。仙台市の記録では、地震発生からおよそ1時間後の16時前、巨大津波が仙台市東部沿岸へ到達しました。
当時、仙台港周辺の道路は避難する車などで各所が渋滞しており、安全な方向へ移動することが非常に困難な状況でした。偶然この道を見つけるまでは死も覚悟していました。撮影時刻と周辺の地形を振り返ると、この経路へ抜けられたことが結果として生死を分けた可能性があります。
映像には、七北田川に架かる橋の橋脚付近で水面の状態が変化しているように見える場面や、部分的に白波のようなものが立っている場面が記録されています。ただし、古いビデオ映像で画質が十分ではないため、それが津波の遡上や流れの変化によるものなのか、映像だけから断定することはできません。
恐怖を感じていたはずですが、地震発生後からその日の記憶は断片的にしか残っていません。不思議なことに、周囲の騒音や人の声、津波に関係する音など、音の記憶はほとんど失われています。それでも、この映像には大津波が迫る仙台市沿岸部から必死に避難したときの状況が残されています。
東日本大震災と3.11の記憶を風化させず、津波の恐ろしさ、沿岸部における早期避難の重要性、避難経路や渋滞の危険性を後世へ伝えるため、この記録を公開します。実際の災害映像が含まれますので、視聴の際はご注意ください。






